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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)12837号 判決 1996年3月29日

原告

門真鉄工株式会社破産管財人

平松光二

被告

株式会社池田銀行

右代表者代表取締役

清瀧一也

右訴訟代理人弁護士

原清

本郷修

藤原稔久

被告

村尾商事株式会社

右代表者代表取締役

村尾吉太郎

右訴訟代理人弁護士

中村潤一郎

主文

一  原告の被告らに対する請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(請求の趣旨)

一  原告と被告株式会社池田銀行との間で、同被告が別紙目録記載の債権につき質権を有していないことを確認する。

二  被告村尾商事株式会社は、原告に対し、金三六八万四一二六円とこれに対する平成七年一二月二六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告株式会社池田銀行の負担とする。

(請求の趣旨に対する被告らの答弁)

主文と同旨の判決。

第二  当事者の主張

(請求原因)

一  賃貸借契約の解除と保証金の返還義務

1 門真鉄工株式会社(以下、門真鉄工という。)は、平成二年三月六日、被告村尾商事株式会社(以下、被告会社という。)から別紙目録記載の各室を賃借し、被告会社に対し、保証金として八七八万四〇〇〇円を預託した。

2 しかるに、門真鉄工は、平成七年一一月八日午前一〇時一五分、大阪地方裁判所で破産宣告を受け、原告がその破産管財人に就任した。

3 原告は、右賃貸借契約を解除し、平成七年一二月六日、被告会社に対し、右各室を明け渡した。

4 なお、右保証金から、解約差引金、未払賃料及び現状回復工事費の合計五〇九万九八七四円が控除されることから、返還されるべき保証金は三六八万四一二六円である。

二  本件紛争の発生

ところが、被告株式会社池田銀行(以下、被告銀行という。)が、別紙目録記載の債権(以下、本件債権という。)につき質権を有している旨主張したため、被告会社も、債権者を確知できないと主張し、原告に対して保証金の支払いをしない。

三  まとめ

よって、原告は、被告銀行に対し、被告銀行が本件債権に質権を有していないことの確認を求め、さらに、被告会社に対し、三六八万四一二六円とこれに対する訴状送達日の翌日の平成七年一二月二六日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うように求める。

(請求原因に対する認否)

〔被告銀行〕

一 請求原因一のうち、

1 1は、その日付けについて不知、その余は認める。

2 2は認める。

3 3は知らない。

4 4は知らない。

二 同二のうち、被告銀行が本件債権に質権が設定されている旨主張していることは認める。

三 同三は争う。

〔被告会社〕

一 請求原因一、二はいずれも認める。

二 同三は争う。被告会社は、本件で、債権者が確定することを待って、支払う。

(被告らの抗弁)

一  門真鉄工の借入れ

被告銀行は、平成七年六月二〇日、門真鉄工に対し、三〇〇〇万円を貸し渡した。

二  質権の設定

1 被告銀行と門真鉄工は、同年八月三一日、右貸金債権を担保するため、本件債権に質権を設定する旨、合意した。

2 そして、被告会社は、右同日、確定日付のある書面で、右質権の設定を承諾した。

三  証書引渡しの要件について

1 本件債権につき証書は存在しないから、証書の引渡しがなくとも、質権は有効に成立している。

本件では、門真鉄工及び被告会社が作成した「賃貸借契約書」(以下、本件賃貸借契約書という。)と、生和不動産株式会社(以下、生和不動産という。)が作成した保証金等に関する「預り・領収証」(以下、預り・領収証という。)が存在している。しかし、①前者は、賃貸借契約全般を規律する目的で作成されたものであって、保証金返還債務に関する債権の証書とはいえず、②仮に、そのようにいうことができないとしても、前者には、保証金を差し入れ、受領した旨の文言がないので、右債権の証書とはいえない。③また、後者は、被告会社の委託を受けた仲介業者生和不動産が、自らが受け取った金銭を、家賃、保証金あるいは自らの手数料とに区別するために作成したものであり、保証金に関する預り証ではないから、右債権の証書ということはできない。

2 仮に、右書類が「本件債権の証書」と認められるにしても、以下の理由から、質権は有効に成立している。

(一) 証書の引渡しが要件とされるのは、質権者が証書の存在を認識している場合か、取引通念上その存在が予期できる場合に限られるべきものである。そうでないと、指名債権について質権設定を受けようとする者は、債権証書の存在の有無を確認しなければならず、また、ある文書が債権証書に該当するか否かの判断まで行わざるをえなくなって、著しく取引の安全を害する。

本件で、被告銀行は、門真鉄工から預り・領収証が存在することを知らされておらず、一般にも、かかる書類が存在することは予期できないことからすれば、預り・領収証の引渡しがされていないことをもって、質権設定契約が成立しないとはいえない。

(二)(1) 仮に、証書の引渡しが要件とされる場合でも、本件で、その引渡方法は、占有改定によることで足りると解される。

すなわち、本件債権は指名債権であるからして、質権者がその証書の引渡しを受けても、そのことにより、質権設定者の債権利用を妨げることはできないからである。また、被告銀行は、本件債権に関して確定日付による被告会社の承諾を受けているから、公示方法も備えている。このようなことを考慮すれば、本件で民法三四五条を準用すべき実質的な理由はなく、本件債権の証書の引渡方法は、占有改定で足りるというべきである。

(2) そして、被告銀行は、本件質権設定契約時に、まず、門真鉄工から本件賃貸借契約書の写しの交付を受けたが、その際に、門真鉄工に対し、同契約書を被告銀行にかわり、門真鉄工で引き続き保管するように伝え、門真鉄工の了解を得た。

(抗弁に対する認否)

一  抗弁三は、そのうち2(二)(2)の事実を認め、その余は否認ないし争う。

二1  本件で、債権の証書は存在する。

すなわち、預り・領収証及び本件賃貸借契約書の両方が、本件債権の証書である。生和不動産は、被告会社の委託を受けた代理人として、本件保証金を受領し、預かったものであるから、預り金・領収証が本件債権の証書にあたることは明らかである。また、本件賃貸借契約書がその証書にあたることは、わが国の取引社会で、賃貸借契約書を借家権(営業権)の権利証と呼んでいることからも裏付けられる。

2  しかし、本件で、右証書の引渡しはされていない。

(一) 被告銀行は、指名債権の一部について、引渡しの要件が不要であると主張する。たしかに、指名債権質において、証書の引渡しがあったからといって、設定者の処分権能を奪うことにはならないが、そうであるからといって、民法の明文に反するような解釈をとるのは極論である。また、被告銀行のように、効力発生要件になる場合とならない場合を分けて議論することも、かえって、取引の安全を害することになり、妥当な解釈ではない。

なお、被告銀行は、預り・領収証の存在を知らなかったとも主張するが、しかし、かかる書類が作成されることは、慣行として多く見られるところであり、少なくとも被告銀行は容易に知ることができたはずである。

(二) また、占有改定による引渡しは認められない。被告銀行は、占有改定によって、証書の引渡しを受けたとも主張しているが、しかし、民法三四五条により、占有改定による質物の引渡しはできないから、主張自体、失当である。

(三) 仮に、占有改定で足りるとしても、被告銀行が引渡しを受けた証書は、本件賃貸借契約書だけであり、預り・領収証の引渡しがされていないことは、被告銀行も自認するところである。よって、質権設定の効力はない。

第三  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  抗弁について

本件の中心的な争点は、抗弁で主張されているところの当否、なかでも、債権証書の存否ならびにその引渡しの有無であるから、以下、この点について検討する。

1  抗弁一、二の事実は、当事者間において明らかに争わないので、原告において、これを自白したものとみなす。

2  そこで、次の問題は、本件賃貸借契約書及び預り・領収証が「債権の証書」といえるかどうかである。

(一) 証拠(甲第一ないし四号証)及び弁論の全趣旨によると、①本件賃貸借契約書の形式及び内容は、別紙(一)、(二)のとおりであり、これらが請求原因一1の賃貸借契約締結の際に、当事者間で作成した契約書であること、②預り・領収証の形式及び内容は、別紙(三)、(四)のとおりであり、右賃貸借契約の仲介人の生和不動産が、門真鉄工から金銭の交付を受けた際に作成し、門真鉄工に対して発行したものであることが各認められ、他に右認定に反する証拠はない。

(二) したがって、本件賃貸借契約書(一)、(二)の第七条には、①門真鉄工から被告会社に保証金八七八万四〇〇〇円を預託すること、②被告会社は、賃貸借契約の解約後、門真鉄工に対し、右保証金から同条で定められた各金額を控除したその残金を返還する旨が各記載されていることが認められるところである。このようなことからすると、本件賃貸借契約書は、賃貸借契約全般についての取決めを記載したものであると同時に、本件保証金の返還請求権についての取決めをも記載したものであって、その両者を兼ねているものと解される。他に右認定に反する証拠はない。

他方、預り・領収証の内容も、右認定したとおりであるが、同書面は、仲介者の生和不動産が、門真鉄工から被告会社に渡すべき保証金を預った旨が記載されてはいるものの、しかし、被告会社がこれを受け取ったことを記載しているものではなく、他に、その趣旨を窺わせるに足りる記載もない。

(三) そこで、本件賃貸借契約書は本件債権の証書と認められるが、しかし、預り・領収証は、本件債権の証書と認めることができないと解することが相当である。

3  ところで、民法三六三条は、「其債権ノ証書アルトキハ質権ノ設定ハ其証書ノ交付ヲ為スニ因リテ其効力ヲ生ス」と定めているので、被告銀行が、本件質権の設定を受けるにあたっては、原則として、その債権証書の交付を受ける必要がある。

しかるに、前認定したとおり、本件で右債権証書とは、すなわち、本件賃貸借契約書であるというべきであるし、また、本件賃貸借契約書の形式、内容が、別紙(一)、(二)のとおりであることも、前認定したとおりである。そして、別紙(一)、(二)から明らかなように、本件賃貸借契約書は、全体として、一体になったものであって、同契約書中から保証金の返還請求権に関する部分を分離し、それを交付するということが出来ないものである。

そこで、被告銀行が、門真鉄工から本件質権の設定を受けるにあたり、本件賃貸借契約書の交付を受けることができないことは、やむをえないことであって、被告銀行が、右証書の交付を受けていないとしても、そのことで、質権設定の効力を否定することは相当でない。本件では、債権証書がない場合に準じ、質権設定の効力が認められるというべきである。

二  結論

以上、検討してきたとおりであって、被告銀行の本件債権に対する質権設定は有効であり、原告の請求は理由がない。よって、原告の被告らに対する請求を棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官上原裕之)

別紙解約通知書<省略>

別紙店舗 事務所賃貸契約書<省略>

別紙預り・領収証<省略>

別紙目録

訴外門真鉄工株式会社が、平成二年三月六日、被告村尾商事株式会社に対し、賃借事務所である大阪府東大阪市長田中一丁目五一番地所在、鉄骨鉄筋コンクリート造一三階建建物(通称長田センタービル)三〇三号室及び三〇四号室につき預託した保証金八七八万四、〇〇〇円の返還請求債権

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